03


「椚、あぁっと兄貴の方から俺のこと何て聞かされたんだ?」

《カズ、何聞いて…》

一度カズから視線を外し、烏龍茶を頼んだ玖郎はカウンターに片肘を付き、伝え聞いたそのままを答える。

「閑ヶ原は頭は良いが少し抜けてるところがある。自分の容姿には無自覚で基本的には穏やかで優しい性格だ。けどそれは同時に短所でもあり要らぬ誤解を生むことがある。もう少し俺を頼ってくれれば良いんだが、閑ヶ原の性格上それはありえない。だから俺が気付いてやらねば、だと」

ほら、烏龍茶とグラスを渡されカズはククッと喉を鳴らして低く笑う。

「よく見てるな椚も。お前をよく分かってる」

《……っカズ》

カズ以外で初めて自分の事をよく見ていて、分かっていてくれた椚に対し和成は嬉しさと恥ずかしさに襲われる。

「良かったな和成」

グラスを手にとり、口を付けて囁いたカズの横顔をいつの間にか玖郎が真剣な眼差しで見つめていた。そして、

「なぁ、お前…本当に閑ヶ原 和成か?」

普通なら問わない質問を真剣な表情でぶつけてきた。

《っ…しまった!カズ、お前今普通に俺と会話して…》

カタンと口を付けたグラスをカウンターに置き、慌てる和成を宥めてカズは玖郎と視線を合わせる。

「俺は正真正銘閑ヶ原 和成だぜ?」

「…それにしては雰囲気も言動も穏やかというより荒っぽい。“お前を分かってる”ってのはどういう意味だ」

「そうだな…。お前はどういう答えがいい?」

玖郎の質問を質問で返した形になったが実際はカズが和成へと選択を迫っていた。

《俺は…》

和成は僅かに迷う様な素振りを見せ、瞼を伏せる。その間にも玖郎との会話は続いていた。

「アンタが兄貴の言う閑ヶ原 和成本人なのに間違いはねぇだろう。と、すると学園や兄貴の前じゃその素を隠してる…?」

「椚になら…話してもいいと思う」

「あ?」

「え?…っ、カズ!?いきなり何で交代して…」

ふと何の前触れもなく話の途中で主導権を投げられ表に出た和成は驚き、目には見えないカズに向けてつい声を上げた。

「あ?カズ?誰だソイツ?」

《落ち着けよ和成。椚弟が不思議がってるぞ》

「誰のせいだと…」

《俺だな。でも椚になら良いとお前は思ったんだろ?俺も良いと思うぜ》

急に大事な場面で入れ替わったカズと和成は、逆に玖郎の疑惑を強めてしまう。
表へと出た和成はカズの飲んでいた烏龍茶に口を付け、自分を落ち着かせると初めて和成として玖郎と視線を合わせた。

すると玖郎は鋭かった双眸を丸くしてポツリと言う。

「…っれ?その雰囲気、アンタ、兄貴の言ってた閑ヶ原…?」

カズと和成が入れ替わったことを雰囲気で感じ取ったのか玖郎はカウンターに付いていた肘を離し、身体を起こした。

「…そう、椚の知ってる俺はこっち。さっきのは…」

「カズとか、言ってたな。何か関係あるのか?」

口ごもった和成に玖郎が疑問符をつけて先を促す。それでも躊躇う和成の背中を押したのはカズだった。

《言っちまえよ。コイツは大丈夫だ。何せ椚がお前の逃亡の協力者として信頼して指定してきた人物だ。極めつけコイツは椚の弟だし、心配はいらねぇ》

「お前がそこまで言うなら」

一人呟いた和成は覚悟を決めると今まで誰にも言えなかった秘密を玖郎に打ち明けた。

「これは嘘でも冗談でもない。俺は確かに閑ヶ原 和成だけど、俺の中にはもう一人いるんだ」

「……ってぇと、それがさっきの?」

「そう。俺はカズって呼んでる」

「………」

和成の話を聞いた玖郎は何やら難しい顔をして黙り込んでしまう。その沈黙を和成は否定ととった。

「やっぱり、こんな話信じられないよな」

しゅんと一気に暗くなったトーンと表情に玖郎の方が慌て出す。

「あー、いや、違くて。そうじゃなくて。アンタが二重人格だって兄貴は知ってるのか?」

「椚?椚にはまだ何も…」

「だとするとやばいな。兄貴が知らねぇのに俺が聞いちまった」

がしがしと染め抜かれた明るめの茶髪を掻き玖郎が唸る。

「やばい…俺、兄貴に殺されるかも」

「……?何か良く分からないが信じてもらえたのか?」

「あぁ、まぁ。ただ…」

《ははーん。成る程な》

妙に落ち着かなくなった玖郎を心配していると和成の中でカズがにやりと笑う。

《コイツ、兄貴が怖いんだな》

「椚が怖い?そんなことないだろ。椚はいつも優しいぞ」

《そりゃお前だか…》

「兄貴が優しいっ!?」

和成とカズの会話に裏返った声が被さった。

その声に驚いて和成は玖郎を見る。

「何だ?どうした?俺、何か可笑しなことでも言ったか?」

「いや…ははっ、何でもねぇ。…兄貴の奴マジか」

「……?」

コホンとわざとらしく咳払いをし、玖狼は話を元に戻す。

「とりあえずアンタのことは分かった。兄貴には自分から説明してくれると嬉しい。…じゃなきゃ俺が殺される」

「それはもちろん椚には俺から説明するが…」

《それが一番だな》

うんうんとカズも和成の中で頷き、玖郎は安堵の息を吐く。視線を和成から店の出入口に向け…

「もうすぐしたら兄貴も学園から抜け出してくると思うけど…、あぁ、時間ピッタリだ。来たな」

つられて背後を振り向けば和成と同じ制服姿の椚がこちらに向かって歩いて来ていた。

「椚…」

ぱちりと和成と視線が絡むと椚はふと表情を和ませる。カウンター席に座った和成の元へ一直線にやってくるとすぐ側で足を止めた。

「大丈夫だったか閑ヶ原」

「あぁ、お陰さまで。椚が色々と手を回しておいてくれたんだろう?ありがとう」

「礼を言われる程のことでもない」

《良く出来た男だな》

和成に優しく対応した椚はすぃとその視線を隣に移すと、あからさまに表情を変えた。

「それでお前は何バカ面を晒してるんだ玖郎」

「っ、え?いや、兄貴がきも…な、何でもない!兄貴が来たなら俺もう良いよな?」

ガタガタと何だか動揺しながら椅子から立ち上がった玖郎が言う。それには和成が答えた。

「巻き込んだみたいで悪かったな玖郎。お前もありがとう」

「いや…別に。それじゃ、またな」

そそくさと席を離れた玖郎に和成は何か用事でもあったのかと微かに首を傾げる。

《ヘタレだなアイツ》

「え?それどういう…」

「どうした閑ヶ原?俺達も店を出るぞ」

「あ、あぁ」

カズの呟きを聞き返す間もなく、和成は椚に促されるまま店を出たのだった。



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